でも

2012年6月13日
「成田ですか。それぢや、どの道一度町会へ行つて証明書を貰つて来た方がいゝでせう。一休みしてわたしも行つて見やうと思つてゐるんですよ。わたしは古石場にゐました。」
「あの、もう一軒、行徳に心安いとこがあるんです。そこへ行つて見やうかと思つてゐます。」
「行徳なら歩いて行けますよ。この近辺の避難所なんかへ行くよりか、さうした方がよかアありませんか。わたしも市川に知つた家がありますからね。あの辺はどんな様子か、行つて見た上で、考へやうと思つてるんです。もうかうなつたら、乞食同様でさ。仕様がありませんよ。」
 佐藤も途方に暮れた目指
まなざし
を風の鳴りひゞく空の方へ向けた時、堤防の上から、
「炊出しがありますから町会まで取りに来て下さアい。」と呼び歩く声がきこえた。

 佐藤は市川で笊
ざる
や籠をつくつて卸売をしてゐる家の主人とは商売柄心やすくしてゐたので、頼み込んで其家の一間を貸してもらつた。そして竹細工の手つだひをしたり、また近処の家でつくる高箒
たかばうき
を背負つたりして、時々東京へ売りに行つた。その都度
つど
もと住んでゐた町会へも立寄り、女房子供の生死を調べたが手がゝりがなかつた。せめて死骸のありさうな場所だけでもと思つたがそれも分らずじまひであつた。

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